うえやま建設 植山ノブオが建築や日々の出逢いを語ります

城址から学ぶ

コロナ禍の影響で平日休日の愉しみにしていた城址巡りが半年以上ストップしています(涙)
最近は御城印なるものがトレンド。
トレンドと言っても歴女または歴おじさんたちの間ですが。
今年の一月、コロナ騒動が大きくなる前に言ってきた岐阜は中津川の苗木城址を振り返ります。
これが御城印。

私には初めての記念すべき御城印。
続日本百名城となっていますが、ここは続ではないレベルのすごい城址でした。
写真をご覧あれ。ここは城内に入る門跡。石垣が左にありますが、往時は櫓があり、武者が弓矢を構えて待機していたところ。

小高い山にある山城。ここに石垣をくみ、防備を備えています。昔の人は本当にすごいよねー。奥に見える階段は天守に行くための登城路。

 
ここにも石垣が・・・同じく櫓があって武者が警戒していたところ。こんな上から矢を射たれたらたまりません!

天守に行く道から大手口(さっきの写真の風吹門とあったところ)が一望。昔はこんなに樹木茂っていないはず。
樹木は敵が隠れたり、攻撃侵入口になるからね。昔の山城は裸の山に造成してはず。

資料館の縄張り全景。

天守から眼下を一望。国を治めている気がします。模擬天守としている木製の櫓ですが、これは石に柱脚が見つかったところから想定してつくられているのかな。

城址で一番学べるところは動線計画です。
敵の侵入に備えるために動線を曲げたり、上がったり下げたりと忙しくしています。

住宅とは違いますが、当時も動線は最重要の部分でした。そして生活もしなくてはならないので、馬場の配置、台所・井戸の配置としっかりと計画されています。この計画を縄張りというのです。
いつの時代も動線は最重要ということ。
城址を巡ってこんなことをしばしば思う私です。
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