私が大工をスタートした頃からのお客様の奥様の訃報が届いたのが6月。最近は家族葬で既に済ましましたという報告が届きましたが、仏前でお参りとお願い。ようやく昨日伺いました。奥様は私のオヤジと同じ年生まれ。昭和6年生。
本当にかわいがっていただいた。ご主人様は元海軍予科練の方。忘れもしないのが「オレは予科練で一番の腕前だった。だから本土決戦用に残された。下手な奴から沖縄に飛ばされた。なんでも一番にならないといかんよ」と。
凛とした佇まいに鋭い目つきが忘れられない。私の仕事のことはいつも褒めてくださいましたが。
大手ゼネコンに勤務されていましたが、「現場で汗水垂らして働く者が出世せず、上司にゴマすりする奴らが出世するような会社ではだめだ」と嘆いておられたことも忘れられない。そんなわけで現場で汗水たらしてやっている私には温かかったです。
奥様は書家。書道塾も開かれていた。
いただいた墨も手元にあります。


奥様も凛とした方でしたが、可愛がっていただいたよ。いつも私のことを「のぶ君」と呼んでくれた。
茶室を作ったり、ちょこちょこ増改築で呼んでもらったり。あの時の光景は忘れないです。育てていただいたお客様。
娘さんとは歳も近く、ラインでつながっています。朝五時から家の掃除を始める働き者。
仕事も頑張っている。いろいろと相談もしてくれる。家のこと以外でもね。ありがたいことです。

仏前に手を合わせた時間は走馬灯のように過去の光景が蘇る。若かりしあの頃、生意気だったなーとつくづく思い返す。
でもね、当時のハートは今も変わらず。変わってはならんことがあるのです。時代遅れと言われようが、凛として不変なものが男には必要だと思っています。不器用だし、熱すぎるしとよく言われたけど、いいではないかな?
それが無くなったら自分ではなくなってしまう。
「自分らしく」ということも叩き込んでくだったお客様。
これからは娘さんをサポート。昨日も色々と相談を受けた。売却して住み替えということも話していましたが、今の家を使い続けることが一番ロスがない。二人の娘さんがいるのでよく相談してよとアドバイス。いつでもまた呼んでくれれば走る。
ご両親には感謝しかないです。合掌。
