奈良文化財研究所飛鳥資料館→飛鳥坐(あすかいます)神社→飛鳥寺→蘇我入鹿首塚→飛鳥水落遺跡→明日香村埋蔵文化財展示室→酒船石遺跡→奈良文化財研究所飛鳥資料館、アグリステーション飛鳥→牽牛子塚古墳→アグリスターション飛鳥と徒歩で歩いた距離は11キロ強、15000歩強。よく歩いたものです。膝が痛いのにねぇ。
飛鳥資料館のフロントには復元した石像がものすごくあってびっくりでした。

猿石も忠実に復元。

猿石は高取城に行った時にも見た。かなり風化していたが、はっきりと猿石とわかる。どうして高取城の中に猿石があるのかは不明ですが。

山田寺の飛鳥時代の回廊が地中から原型を留めた形で出てきたものを復刻させていました。

束。ちゃんと貫穴が二ヶ所あり。

立て格子を支える窓台には彫り込みがきちっとされている。

よくもまぁこんな形で残っていたものです。
この資料館で1.5時間いました。すごい資料館です。奈良の飛鳥時代を探訪するなら、まずここに行くべし。
次に向かったのが飛鳥坐神社。小さな神社です。

神社の門を出るとこんな街並みが広がる。日本のクラシックな姿で美しいね。ここを真っ直ぐ行って左に向かうと飛鳥寺。板塀がレトロでいい。板塀、どうして劣化しないのか?わかるかな?
軒が伸びていて雨が当たりにくいことと、木は濡れても乾けば劣化しないからだよ。雨が当たってもすぐに乾くように工夫されている。木のことを勉強すると昔の建築はすごいと思うはず。木のことを知らない建築マンが増えてしまってもう木の文化の継承は不可だよ。文化の継承は文化財ではなく、町屋(普通の家)からなんだけど、もう壊滅状態。残念です。

飛鳥寺。学生もいたし外国人もいた。有名なところは人だらけ。やっばりマイナーなところがいい。

日本最古と言われる仏像。
飛鳥寺の解説をネットから。
推古4年(596)、仏教を保護した蘇我馬子の発願により日本初の本格的寺院として完成した。三金堂が塔を囲む大寺で、法興寺 元興寺とも呼ばれたが、平城遷都に伴い奈良の地に新たに元興寺が建立されて以後は、本元興寺と呼ばれた。鎌倉時代に伽藍の大半を焼失。現在の本堂は江戸時代に再建されたもの。本尊の銅造釈迦如来坐像(重要文化財)は創建時、飛鳥時代の作で日本最古の仏像。飛鳥大仏の名で親しまれる。寺の西側には蘇我入鹿の首塚と呼ばれる五輪塔が残っている。境内に山部赤人の歌碑がある。

1300年近く前の仏像。鎌倉時代に本堂が焼けて当時の仏像の多くが焼けて修理をされたとの説から国宝指定されていないという仏像さんです。
飛鳥寺を通り抜けると蘇我入鹿首塚。乙巳の変で入鹿の首がここまで飛んだという説があるそうな。

飛鳥水落遺跡。

水の原理を利用して作られた初めての時計。
心棒が立つ穴が空いた石の横に縦横に並ぶ石は地中梁。動いてしまうと時間がズレるために堅固な建造物を建てていたそうです。こうして残っているのを見るとすごいよね。

酒船石。何のために人工的に掘られたのかもわからない。

石の両端に石割りの楔を打ち込んだ痕跡があるので、三つに割られてこんな形になったのかも。
どのような目的で作ったのかが不明ってロマン溢れてていいね。
こけだけ歩いて、牽牛子塚古墳でも歩いてマジでへとへと。そして名阪国道・東名阪使って名古屋に戻るという強行軍。一泊して散策したいものだけど、またの機会だよ。
